夜の 第二電電 「営業」の電話。


第二電電、高速通信

さかんにテレビでコマーシャルをしていて
電話営業もひきも切らなかった




ある日、業務時間も終わって
窓の景色も暮れなずむころ
いつものようにそういう電話がかかってきた




声の主は30代半ばと思しい

営業だからはきはき喋るが落ち着いた声
簡単な手続きで
電話料金が何割引きかになるという


… いつもの話だ



いつものように

「NTTさんで長らくお世話になっているからそのままでいいのです。」

と断る。

     「でも簡単な手続きでうんとお安くお得になるんですよ。」



「…あなたの営業と関係ないけど、私は昭和の半ばの生まれです。

 景気のいい時も悪い時もあったけど、総じていえば

 物心ついたころから、日進月歩で

 世界は安くて便利で高品質になってきた。」



     「……」


「ものすごく違和感があるのです。
 便利になれば便利だし、
 いいものは、いい。

 でも非常に消費者として甘やかされていると思う。

 今般あなた方が仰るのはNTTの回線をそのまま使って
 貴社がNTTから卸で安く仕入れた回線名義をバイパスすればウチの電話代が安くなるという話だ。
 

 社会を豊かにする。

 しこうして、その余剰としてのもうけを頂く。


 そういう商売のありようから、、いささか遠いお話だなとおもうのです。


 ということで、ご無用に願います。」





なぜ

ただの営業電話に
そこまでの話をしたのかは
よくわからない。


 受話器の向こうからは

 息をのむ気配がした。





翌日、同じ頃

また電話が鳴った。


受話器から 同じ声が
少し湿りをおびて聞こえてきた。


  「昨日の営業のものです。」



驚いたが、

電話をとる前から
なぜか、それは分かっていたような気もした。



  「本来こういうお電話を差し上げてはいけないのですが

   昨日のお話のつづきをお聞かせ願えないでしょうか。」




そのあと、どんな話をしたか憶えていない。

村上春樹が五反田君とのダイアログで
なんども 「超高度資本主義」 と書くのに
違和感を感じていた頃だから

産業のありよう
物産集積

見境ないまでの豊かさへの猪突
そういう風潮への違和感



「電話代が高い?じゃああまり使わないようにね。」

という暮らしの姿勢はどうなるのか?



そんな話を
想いで話を交えながらしたと思う。




  
    「わかりました

     そういうお話をなさってお断りになるお客様は初めてでしたので。

     失礼を省みず、再度お電話してお話をお伺いいたしましたが

     仰ることは、わたくしも、よく分かります。


     そうだと、おもいます。



     もう二度とお電話申し上げることはありません。

     ほんとうに、ありがとうございました。」





電話が切れた後

しばらく ツーツーを聴いていた。



30代半ばの女の白い顔が

少しずつ夜に溶けて消えた。




窓を見ると

夕空はとっくに 夜空にかわっていた。



声だけは

しじまに溶けかねて


すこし、あたりに 漂っていた。