2010.8.4. 日経夕刊:谷川俊太郎

昨日の日経夕刊の最終面に谷川俊太郎の談話が載っていたのを見落としていた。
 
「死の詩 いまなら書ける」
「あの世へ行くのは楽しみ。明るいところだと思う」
 
と表題にあって
 
作詩モチーフについては
「宇宙の中にひとりぼっちで生きる感覚はずっとかわらない」
「広大無辺な宇宙と向き合う『かなしみ』が、人間の基本的な感情だと思っている」
とも語っている。
 
短いインタビューだが文章だが
最後の10行にあっと驚く。
 
「死は古今東西を問わずあまり読まない
僕の詩は過去の無数の作品の中から生まれるのではなくって、
自分の体験から出てくる。
 
現代詩は意味に偏っているように思う。
意味の被膜を破らないとリアリティに迫れない。
意識下から出てくる言葉が読者の意識下に響くと思っています。」
 
昭和時代後半、自分らしいこと、自分らしくあること、を強要されているように感じたものだ。
すでに自分の中にあるものを素直に信じよと命じる悪意なき欺瞞。
自分らしくあること。子供の独創性談義である。
 
この人は戦後の気分を代表していたのである。
戦後バイアスの一つである。
 
からっぽの言葉がなぐさめめあい落ち着かない谷川俊太郎世界
宇宙の広大無辺に、十代の日常で立ち向かう少年よ!
 
すでに、老人である。
なかなか死にそうにない。
貴君の父もバカでした。