政治とは統治である。間違ってるよ、小宮一慶。

今の本邦の政治はほとんど知らない。
 
今、仕事でバカに読ませるための本をチョイスしている。
もうすぐ、小宮一慶「ぶれない人」を読了する。
 
本書は、20代の読者を想定しているらしく、内容は非常に浅いが、良書である。
 
第一章  ぶれないための正しい考え方
第二章  信念のある人になるために
第三章  会社として、社員としての正しい考え方
第四章  正しく生きるために
 
…ひー、かんべんしてくれー(笑)
 
 
たのしく (((笑)))  読んでいる訳ですが、
政治についてこんな一節がある
 
-では、政治の目的は何でしょうか。
  私は、政治の目的は「国民を幸せにすること」にあると思います。
  政治は国民を幸せにするための手段だからでです。
 
循環理論をお楽しみ下さいってわけではないのですが…
 
 
間違ってるよ、小宮一慶
端的に政治の本旨は「統治」である。
それ以外にない。
 
政治的な取り組みの全ては動態的な(時間軸で変化する)状況下での統治への試みである。
動態的、且、環境要素さえ確定できない状態である。
 
統治とは主権者がそれ以外を制圧することである。
ソ連やチャイナで国民すべてが共産党員になれないのはこのためである。
 
さて、今日。本邦の政治は何が何を統治しているのか?
このように考える時、政局展望にほとんど興味をおぼえないのである。
 
 
政治の季節と言うのがある、政策論争まっさかり、国運が政治的に決まる時代である。
政治の春と言うべきか。百花繚乱。諸子百家である。
 
同じように政治の冬というものあるのではないか。
チェンジ!イエスウイキャン とオバマはどこを目指すのか?目指しうるのか?
 
政治が扱える範囲を国家が超えてしまう場合もあるのだ。
 
 
この現代を近代の崩壊過程とする考えも若い頃に読んだ気がする。