安倍内閣の本質と、アベ政権支持率。



     第一次安倍内閣     2006年(平成18年)9月26日 - 2007年(平成19年)8月27日

  一年に満たない、小泉劇場の後継内閣であった。





  ウイキペディアによると下記の法案が僅かな期間に「矢継ぎ早」に成立している。

     成立した主な法案

2006年(平成18年)12月15日成立 - 教育基本法改正
2006年(平成18年)12月15日成立 - 防衛庁設置法等改正(防衛庁・省昇格法)
2007年(平成19年)5月14日成立 - 日本国憲法の改正手続に関する法律(国民投票法
2007年(平成19年)5月15日成立 - イラク復興支援特別措置法改正
2007年(平成19年)5月25日成立 - 児童虐待防止法改正
2007年(平成19年)5月25日成立 - パートタイム労働法改正
2007年(平成19年)6月27日成立 - 学校教育法・教育職員免許法及び教育公務員法・地方教育行政の組織及び運営に関する法律改正(教育改革関連三法)
2007年(平成19年)6月30日成立 - 日本年金機構法、国民年金法改正(社会保険庁改革関連法)
2007年(平成19年)6月30日成立 - 厚生年金保険の保険給付及び国民年金の給付に係る時効の特例等に関する法律(年金時効撤廃特例法)
2007年(平成19年)6月30日成立 - 国家公務員法改正(公務員制度改革関連法)


   なかでも
  防衛省  と
  日本国憲法の改正手続に関する法律

これがあっさり通ったのには驚いた。


  「あー、官僚がやってる内閣なのだなー、、、そーゆーことヤレんだあー」   と思った。



   最初の訪問国も 「チャイナ」だったしね。

   官僚の「絵」だなーと、、、ふつー思うですよ。    (笑)




  事務方の内閣官房副長官は「的場順三」


異例の人事だったようで
ウイキペディアによると


   「的場順三」 内閣官房副長官時代

2006年9月21日、前日に行われた自民党総裁選で当選した安倍晋三に祝電を送ったところ、翌22日に安倍から内閣官房副長官(事務担当)への就任を要請され、翌日要請を受け入れた。

内閣官房副長官自治省警察庁、厚生省といった旧内務省系省庁の事務次官経験者が充てられるのが慣例となっていたため、大蔵省出身で退官後15年以上にわたり民間で過ごしてきた的場の起用は異例であった。

的場の官房副長官起用は、安倍の掲げる政治主導の促進と「内閣の知恵袋」としての役割を期待されてのことだと言われている。

内閣官房経験のある的場は石原信雄の後任として、かつて官房副長官就任が取り沙汰されたこともある。就任後は、定期的に迎賓館前で記者団の質問に答えている。

しかし、2006年に就任した頃は16年近く中央省庁から離れていたこともあり現役官僚への人脈が乏しく、また、首相補佐官や閣僚との軋轢も多かったため「政権運営に支障をきたした」とも評された[6]。




  アベが誘ったというより大蔵省がねじ込んだと見るのが普通だろう。



  ロートルだから 「政権運営に支障をきたした」 のではなく、大蔵のねじ込みがキツかたので、

  ほかの省庁からの反発があったと見るのが普通だろう。



今般

国会が終わって、今度は代議士の藤田某女史が秘書に暴言暴言をどうのこうのと

国政とあまり関係のない自民党に 「傷」 をつけるニュースが出ている。



政策と関係のない森友加計で騒ぎながら、予算も法案もきちんと通したので
打たれ強くなったアベ政権が 「松田聖子化 :どんなスキャンダルも平気」化 しないように
なんらかの、筋道をつけている印象である。




この記事は、よくお邪魔するブログで
政権の支持率が「おみくじ」程度だという
内閣支持率の記事を読んだことからの妄想で書いている。





  政権支持率は

  産経が86%
  毎日が9%



 国営新聞である 日経と読売が

  43%  41%  

    であるから、

  普通にしらべれば4割支持   … そんなものなのだろう。




 これって 「お・み・く・じ」  だからね! (笑)

  冗談だってわかってるよね。
  政治と貴君ら庶民とナンの関係もないから、、  わかるよね オトナだしね。

  主権在 「官」     … いまさらだけど。   (笑) (笑)



 …という、行政からの、親切な 広報なのだろうと思う。